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2024.05.24

AIR RACE X 2024 Race 1 レースウィークレポート

室屋のホームベース、ふくしまスカイパークのHANGAR 1。愛機Edge540 V3は、充実した環境で時間をかけて整備されている。全てのチームがあわただしく飛行するレースエアポートのような喧噪はなく、チーム全体も和やかな雰囲気だ。

しかしフライト時刻が近づいてくると、少しずつ空気が張りつめてくる。室屋が語る「精神的にコンディションを整えるルーティーン」なのだろう。機体の周囲をゆっくりと歩きながら、視線はフライト中の景色を見ているようだ。1時間ほど前になると室屋は誰にも話し掛けず、チームメンバーも室屋に話し掛けない。

フライトスーツに着替えた室屋の前には、万全の準備を整えたEdge540と、チームメンバーが待っている。まるで武道場で真剣を抜くかのように、しんと静まったHANGAR 1の中で室屋は静かに翼に登り、コックピットに入ってシートに収まる。風防が閉じられ、Edge540は飛行場へと押し出される。

Lycoming AEIO-540-EXPエンジンが始動。心地よい重低音が響き渡り、滑走路へと進入していく。Edge540以外の音は何も聞こえず、滑走路走行で機体のきしむ音までが聞き取れるほどだ。離陸したレース機が福島の山並みを低く大きく回って、福島市市街地側からレースコースに進入する全ての様子を、スカイパークから見通すことができる。

レースコースの全長は800mと短いため、コースのどちらの端でも、機体の動きを手に取るように見ることができる。室屋の操縦技術と、レースチームが創り上げたモンスターマシンEdge540は、猛烈なエネルギーと精巧な時計のような正確さでわずか50秒のトラックを駆け抜けた。

着陸した室屋機は手際よくHANGAR 1に収められ、風防が開く。チームメンバーと声を交わすと、軽やかに床へ飛び降りた。室屋の顔に、1時間以上見なかった笑顔が戻った。フライトの手ごたえは上々のようだ。

各選手がそれぞれの飛行場でタイムを記録するAIR RACE X リモートラウンド。雰囲気が大きく変わったように見えるが、室屋はどう感じているのか。

「精神を集中させていくルーティーンは変わっていないが、レースを転戦するのと違ってホームでの飛行なので、機材も揃っていて環境は良いし、普段通りに飛べる。外から集中を削がれる要因も少ない」

レースウィークを終えて、47.646秒の記録を出した室屋が予選1位を獲得。チャンピオンシップポイント8点を獲得する、順調なスタートだ。2位のマット・ホール(オーストラリア)は5点、3位のマルティン・ソンカ(チェコ)は3点を獲得。エアレース・チャンピオン経験のある「レジェンド組」がトップを占めた。3名のタイムは約1秒の僅差だ。

「50秒程度のコースでタイトな勝負になることは予想通り。ハンディキャップシステムも含めてうまく機能しているし、本当にレース環境として完成されてきた。ただ、マットやソンカとの差は小さい。昨年ほどのアドバンテージはなくなってきているかもしれない」と室屋は語る。

8名全体のタイム差も3秒以内。AIR RACE X ではゲート通過の高度が範囲外だと2秒、ゲート中での上昇も2秒、パイロンヒットでは3秒のペナルティが加算されるため、1回のミスでも首位と最下位が逆転する可能性のある接戦だ。

中でも注目は、今年初参戦のエマ・マクドナルド(オーストラリア)。49.464秒で5位にランクインしている。マットのチームで飛行技術と機体改良の指南を受けてきたとはいえ、歴戦のエアレースパイロットのど真ん中に初戦で割り込んできた。「マットからいろいろ教わってきているだろうとは思っていたけど、驚くべきタイムですね」と、室屋も語る。

そして忘れてはならないのは、このレース期間中に本戦トーナメントの3回の対決、それぞれ2フライトの計6フライトを、各選手が記録済みということだ。予選の順位によってトーナメントの組み合わせが決定し発表されたが、本戦の記録はファンだけでなく選手にも公開されていない。予選フライト以上に良いコンディションのタイミングを狙ったはずだ。

トーナメントは準々決勝、準決勝、決勝の3回戦行われるが、もちろん敗退すれば次へは進めない。どの対決に充てる記録をとるかは飛行前に宣言しなければならないので、気象などのコンディションを見ながら各選手は飛行タイミングを自分で決める。その駆け引きが成功するか、ポーカーのカードをオープンする前のような緊張感を、各選手が味わっている頃だろう。

決勝トーナメント本戦は5月26日の日本時間20時開始。AIR RACE X 公式Youtubeチャンネルで配信される予定だ。

Writer: Tsuyoshi Oonuki

Photo: (c) Masanori Naruse / PATHFINDER