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AIR RACE X始動、新たなステージへの挑戦 Yoshi MUROYA Season End Meeting 2023 開催報告

2023年12月2日、あいち航空ミュージアムでYoshi MUROYA シーズンエンドミーティング2023が開催された。昨年ふくしまスカイパークで開催されたファンミーティングから約1年ぶりの今回は、初めての愛知県でのイベント。2019年のレッドブル・エアレース終了から4年のブランクを経ていよいよAIR RACE Xが開催されたことから、イベント名も「シーズンエンドミーティング」へ。もちろんシーズン最大の報告は、室屋のAIR RACE X初代王者達成だ。

またLEXUSとエアレース、自動車と航空の垣根を越えてLEXUS PATHFINDER AIR RACINGがブラッシュアップした愛機Edge540 V3もミュージアムに展示された。エアレース会場やふくしまスカイパーク以外の場所で公開されるのはこれが初めてで、来場者は間近で観察できたことはもちろん、他の収蔵機との夢のコラボレーションも実現した。

初の航空博物館でのイベント

あいち航空ミュージアムは愛知県豊山町の、県営名古屋空港に隣接する航空博物館だ。レッドブル・エアレースが開催された千葉市、昨年のファンミーティングが開催された福島市とは一転して、初の中京地域での開催。名古屋市をはじめとする近隣のファンには待望のイベントとなった。

11月28日にふくしまスカイパークから名古屋空港へ、室屋自身の操縦で飛来した愛機「Edge540 V3」は、ミュージアムのたくさんの航空機に混ざって展示された。他の展示機と同様、周囲をロープで囲っただけの状況で、手を伸ばせば届きそうなほど近い。もちろんあいち航空ミュージアムの一般入館者も見ることができ、シーズンエンドミーティング参加者でも早めに来館する人がみられた。エアレースなどのイベントに比べれば機体周囲は混雑しておらず、来館者はEdge540を間近でじっくりと観察したり、いろいろな角度から全景を撮影したりできた。

また、Edge540の展示場所は、航空自衛隊「ブルーインパルス」で使用されていた「T-4練習機805号機」の隣。エアレース専用機のEdge540は、エアショーなどでブルーインパルスと並ぶことは通常ない。あいち航空ミュージアムでしか見られない「奇跡のツーショット」は、一般来場者にも室屋ファンにも素晴らしいプレゼントになった。

なおEdge540は2024年3月中旬ごろまであいち航空ミュージアムで展示予定なので、シーズンエンドミーティングに来場できなかったファンの皆さんにも是非、来館してみて頂きたい。またEdge540改良を通じて技術がフィードバックされたLEXUS LC特別仕様車”AVIATION”も一緒に展示されている。

会場はミュージアム1階のイベントスペース。室屋のブルーのフライトスーツ、モルフォ蝶の羽の原理で塗装されたヘルメット、そしてAIR RACE X初代王者のトロフィーと、ファン垂涎のアイテムが展示された。

4年のブランクを乗り越え、室屋自ら開催に奔走したAIR RACE X

今回はフライトデモンストレーションはないため、室屋は開会と同時にイベントスペースの特設ステージに登壇。早速トークショーが始まった。最初の話題はやはり、AIR RACE Xだ。

「まず、優勝できて嬉しかったですね。せっかく速い機体を作ったのに大会がなくなってしまっていましたが、久しぶりにガチンコ勝負ができました。レッドブル・エアレースでの上位選手はやはり速いですね。結果としては本当にギリギリの勝負になりました。

トロフィーは福島の職人さんが丹精込めて作ってくれたもので、アルミブロックからひとつ2日ぐらいかけて削り出したものを、5重に重ねています。外国に行っちゃうと寂しいなと思っていたんですけど、優勝して手元に残って良かった。自作自演だな、なんて言われましたけどね(笑)」

パイロットとしてだけでなく、自らエアレースの場を復活させようと奔走した室屋。そのキーになったのはAR(拡張現実)技術を利用して、あたかも現実の渋谷の街を飛行しているかのように体感できるXR(複合現実)を導入した、デジタルラウンドというアイデアの実現だった。

「準備が始まったのは今年の2月です。メタバースのイベントに参加してXR技術を知り、これを利用してリモートのエアレース大会ができないかと考えて、すぐに開催時期を決めて記者発表し、参加パイロットを募りました。

大会の準備作業は、パイロットの仕事の倍ぐらいありました。両方の仕事を合わせると、今までのエアレースの3倍ぐらい大変です。大会運営はイベントチームがやってくれるけれど、計測器の精度を確認したり、世界各地での飛行記録が公平に比較できるようなルールを作ったりと、競技の細部を詰めていくのが結構難しいところでしたね。

飛行する場所の標高や気温で、空気密度が変わって飛行機の性能が変わります。標高が低くて気温が低いと、翼の力もエンジンの出力も強くなるので、LEXUSのデータも使って記録を補正する式を作りました。パイロットは記録が良くないと「自分のせいではない」と文句を言いますからね、僕も言います(笑)」

レッドブル・エアレースとは異なる開催方法や、XRという新しい見せ方を前提としたレースコースの計画にも、多くの苦労があったようだ。

「レッドブル・エアレースでは10以上のゲートを用意して2周していましたが、今回は4ゲートを3周するコースにしました。飛行にバリエーションが生まれるよう、20パターンぐらいのコース案を作って飛んでみて、ベストのものを選択しています。もっと低いコースでビルの間を縫うようなコースも考えましたが、交差点を曲がり切れなくてビルにぶつかってしまうので、無理でした。

パイロンの場所には、地上に「マーカー」という3m四方の布を置いています。旋回中には(機体が傾くので)見えるけれど、水平に戻すと見えない。直前に見てから0.1秒で通過するとか予測して何度も練習すると、目に見えていないマーカーが見えるように感じられる。実はレッドブル・エアレースのときも、この練習方法をこっそりやっていました」

レッドブル・エアレースでは1つの会場に全選手が集まって飛行していたが、それぞれが世界各地で飛行するAIR RACE Xではレース戦略に違いはあったのだろうか。

「レッドブル・エアレースの場合は、後から飛ぶ方が有利でした。相手のタイムを見て、ミスがあれば無理せず余裕を持った飛び方ができるからです。

今回は相手を指名して対戦するので、先に飛ばないと後にたまっていきます。そこで、若手選手に対しては先に良いタイムを出しておいてミスを誘発させ、トップパイロットとは後半で当たるようにしました。練習をたくさんしても、本番で力を出せるかは心のコントロール次第です。トップ選手と若手の差が出たと思います。

休止期間にLEXUSと協力して改良を進めてきたおかげで、機体コンディションで他チームより1秒以上上回っていました。小さなミスが1つあっても大丈夫と思える差ですから、かなり精神的な余裕になりました。

チームによってターンのライン取りなどが異なるのは、実際に飛行している空域の風向きが違っていたり、機体の特性が違うからです。うちの機体は直線が速いですが、ターンが得意な機体もあります。自分の飛行パターンもあらかじめ複数用意しておいて、当日の風で決めます。2019年の千葉大会では台風が接近していたので、飛行直前に風が変わってプランBに変更したこともありました。今回は飛行結果をデジタルデータで比較できるのも面白かったですね」

自分のタイミングで飛べることや、他の選手と会場で顔を合わせないことなど、メンタル的な違いはあっただろうか。

「レッドブル・エアレースでは順に飛ぶので、フライト前に頭を休ませたりしてメンタルを整えるルーティーンがありました。今回はゆるいスタンバイから、フライト前にゾーンに入れる。やってみるとあまり違いはありませんでした。心地よい緊張感です。

フライト後にレースエアポートで他の選手と顔を合わせることはありませんが、何をやってるのかなとメッセージを送ってみたりしていました。また、飛行機が離陸するとネットで通知され、ちょっと経つとリザルトが記録されます。練習で飛んでるけど本番飛ばないね、とかわかります。SNSで検索すると観戦しているファンのコメントも結構あったので、拾い集めていました」

LEXUS PATHFINDER AIR RACINGの仲間と創り上げた機体、ついに開花

エアレースが行われなかった4年間、LEXUS PATHFINDER AIR RACINGの仲間たちと共に、再開を信じて創り続けてきた愛機、Edge540 V3。その性能を世界に見せつけ、見事に優勝を勝ち取った。

「LEXUSとタッグを組んでまず取り組んだのは、空力性能の改善でした。エンジンのカウル(カバー)にはエンジン冷却空気の入口がありますが、ここで機体全体の空気抵抗の15%ぐらいあって結構大きいんです。新しいカウルをカーボンで薄く作ったら、薄すぎてヘニャヘニャしてしまい、これでは飛べないというものもありました。いくつも作っては捨てて試行錯誤した結果、この空気抵抗減だけで0.5秒ぐらい速くなったと思います。

エアレース機からLEXUSへ反映された技術もあります。主翼は上面の圧力が低く、下面が高くなって飛行機を支えるので、翼の先端に渦ができて抵抗になります。主翼端の小さな板、ウィングレットは渦を弱めて抵抗を減らします。

自動車のリヤウィングは飛行機とは逆で、車体を下へ押し付けるものです。LEXUS LC特別仕様車”AVIATION”ではこのウィングの先端を少し曲げて、走行抵抗を悪化させないわずかな渦を発生させることで、車を引っ張って走行安定性を高めました。僕は車のテストドライバーを初めてやりましたが、時速2~30kmぐらいでも効くのがわかるんです。すごいなと思いました」

 

機体性能だけでなく、室屋の身体能力を限界まで引き出すパイロット支援システムも、LEXUSの技術で実現した。

「LEXUSの技術チームには、パイロットを支援するいろいろな技術を開発してもらいました。

まず、座席と背中の当たりを改善するシートです。パイロットは非常用パラシュートを背負って座席に座りますが、パラシュートは畳み直すと形が変わってしまうので、背中とパラシュートの間に挟むシートを作りました。骨盤を立てる方向にちょっとサポートして、しすぎると骨が当たって痛いので、背骨のカーブにも合わせて調整します。

筋肉の動きを調べる筋電計を付けて飛んで、結果を見てはシートを変え、と繰り返したところ、筋肉の反応速度が20%も上がっていました。腰の疲れや息切れも減って、だいぶ楽に飛べている感じがします」

 

パイロット支援システムの中でも、ヘッドアップディスプレイ(HUD)の搭載は今回のトークで初めて公表された。まさに「秘密兵器」だ。

「エアレース機に搭載できるヘッドアップディスプレイも開発しました。正面の景色に重ねて情報を表示するディスプレイで、LEXUSの運転席にも採用されている技術です。計器盤に目線移動をしなくても、前を向いたまま瞬時に見えるので、とても楽で飛びやすくなりました。

ヘッドアップディスプレイの採用はAIR RACE Xまで秘密にしていたのですけど、福島での競技中にファンの方が撮った写真にきれいに写っていましたね。もう他のチームにもバレていますが、エアレースに使えるものを作るのは、LEXUSの専門家でもとても難しいチャレンジでしたから、たぶん真似ようとしても同じものは作れないでしょう。

今やっていることはまだあまり言えませんが、いろいろ進行しています。パイロット支援システムは、僕の(加齢による)劣化を補う進化をしてもらわないと困りますね(笑)」

 

「空を飛ぶ楽しさ」を世界のファンとともに 2024年さらに躍進するAIR RACE X

2023年、4年のブランクを乗り越えて開催に漕ぎ付けたAIR RACE Xだが、初年度はデジタルラウンド1回の開催だった。当然、2024年はより多くの大会を開催したい。

「来年は5月から10月ぐらいに、4戦ぐらい開催したいと考えています。今年は1戦だけ開催して優勝が決まりましたが、4戦やると年間チャンピオンが決まります。1戦だけの場合とは違う難しさがあります。

どこでやるかはまだ決まっていませんが、世界中で話が進行しています。デジタルラウンドとリアルラウンド両方の話をしているので、少なくともデジタルラウンドはできるでしょう。早く決めて、年明けには発表したいと思っています」

 

2019年のレッドブル・エアレース閉幕以後、新型コロナ禍による世界的な混乱もあった中、ようやく開催にこぎつけたAIR RACE X。それは室屋の「空を飛ぶ楽しさを伝えたい」という思いが、再び実を結んだものだった。LEXUS PATHFINDER AIR RACINGの熱い仲間と、これまで共にエアレースを戦ってきた世界中の選手達、そしてファンの思いが結集してAIR RACE Xは最初の一歩を踏み出すことができた。

XRとエアレースの新たな可能性を見せたデジタルラウンドと、目の前を飛行するエアレース機の迫力を全身で感じるリアルラウンド。2024年はその両方を全世界のエアレースファンとエアレース・パイロット達が待ち望んでいる。室屋の挑戦は多くの仲間たちと共に、さらに大きくなって続いていく。

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室屋選手とLEXUS PATHFINDER AIR RACING チームが取り組んだ

技術開発の裏側に迫る「世界最速を目指す 技術開発の物語」は室屋義秀公式 YouTube チャンネルからご覧いただけます。

 

Text by Tsuyoshi Ohnuki