Column
ースペシャル対談ー
アスリートとして、国際ビジネスマンとして
空のチャンピオン室屋義秀選手と陸のチャンピオン中嶋一貴TGR-E副会長が語る(後編)
チームマネジメントを行なうリーダーとして
室屋選手はLEXUS PATHFINDER AIR RACINGチームを率いながら、世界でエアレースに挑戦していくわけですが、チームを率いる難しさはありますか? エアレース挑戦は個人から始まって、今は福島をベースとして地域の人々と、そしてチームとともに戦っていると思うのですが。
室屋選手:多分最初のうちは、パイロットとして世界一になって、お金を稼いでよい生活をしてという昭和のイメージを持っていました。飛行機が好きなのはあったとしてもですが。
俺ががんばればみたいなところで、いろいろ駆けずり回ったのですが、やはりなかなか結果が出なかった。そのなかでも気合と根性である程度進んできたけれど、ある領域から進まなくなった。国内を飛び出し、海外でトップの選手たちと渡り合い始めると、もう歯が立たない。どんなにがんばっても、今の状態でひたすら努力しても勝てない感じがすごくした。
何か違うなというところで、メンタルトレーニングをしたり、チームというものを真剣に考えたりし始めたのは10年以上前かな。それでやっとパイロットは部品で言うと、部品全体でいくとちっちゃい部品の1つだったよねっていうことに改めて、心が腹落ちするようになった。
やはりチーム全体が、チームで勝利を獲る意味合いとか、なぜチームでレースをするのとか、そういうことを考えてチーム全体が目標にワッと向かい始めたときにすごいエネルギーが発揮できた。チーム全体がゾーンに入ってきたときに、自分はそのいい流れに乗せてもらって勝っていったという印象ですかね。
すごくチーム作りは難しい。何が基本的なのかというところに立ち返ることだったのかなと思います。
中嶋氏:チーム全体でどこに向かってやっていくかってことがクリアになると、自然といい方向に向かうということだと思いました。
現在は中嶋さんもTOYOTA GAZOO Racing Europeの副会長としての立場となり、WECをはじめWRC(世界ラリー選手権)の現場も見られています。世界的なドライバーからマネジメントの立場になったのですが、その中で心がけているところとか、気づきとかありますか?
中嶋氏:正直まだまだ勉強している段階で、自分が何かしているっていうことが言える状況ではまだまだないのですが、室屋さんからお話があったような、チームとしてどこに向かって何を目的にやっているかっていうところはすごく大事だと思います。
ある意味、クルマのレース、エアレースもそうだと思うのですが、レースに勝つという目標がシンプルであるので、チームが同じ方向を向くのは作りやすい環境だとは思いつつ、ただ僕らの活動、TOYOTA GAZOO Racingとしてはレースに勝てばいいかというと、そういうわけでもない部分もやはりあって。
レースを戦うことで「もっといいクルマを作っていこう」っていうところが根底にあります。その意識をもっともっと進めていかなければと思っています。
レースを勝つためだけにやっているのではなく、勝つことが目標ではあるのですが、目的は勝つことだけではなくそれ以上に大きなこともあるということを改めてチームとして共有していきたいなって思います。
室屋選手:モータースポーツの持つ価値がクルマだけじゃなくて、世の中にも伝わっていくということですね。
中嶋氏:そうですね。勝つためだけじゃなく、レーシングカーだけでなく市販車にもっともっと僕らがやってること、技術的なところもそうだし、人の考え方もそうだし、もっともっと市販車の開発にも活かしていかなければいけない。その市販車をお客さまに買っていただいて、乗っていただいて、よりよろこんでいただけるというサイクルをもっともっと増やしていくというのが、モータースポーツをやっている目的でもあると思います。
WRCなどではGRヤリスとしてそういった活動をずっと続けていますし、WECのほうでも、直接市販車という部分では見えづらい部分もあるのですが、とはいえ技術的なところであるとか人の知見であるとか、もっともっと活かせるところはあると考えています。レースの結果だけではなく、そういったところも意識しなければと。
ただ、やはり自動車レースはレースなので、ファンの人に見て楽しんでもらうという部分もすごく大事な要素だと思うので、そういうところも改めてどのような見せ方ができるかを考えていかなければと思っています。
室屋選手にとってLEXUS PATHFINDER AIR RACINGは、2022年シーズンに立ち上げた新たなチームになりますが、新しいチーム運営で重視しているところはありますか?
室屋選手:ニューシーズンになって新しいレースになるので(注:2022年シーズンは、エアレースシリーズは開催されなかった。室屋選手はほかの選手と協力して2023年後半から新しいエアレースシリーズ「エアレースX」を立ち上げる)、おそらくいろいろ整い切らずに最初の立ち上げがある。結構難しい状況が一杯出てくると思うので、この混沌とした時期に勝つのって難しい。
いちいち小さい変化点に反応していると、チーム全体がもたない。いかに荒波のレースの中で、落ち着いて安定していけるかが勝負のカギかなと思う。
機体のセッティングとかは、我々一歩先行くつもりで決して遅くはないと思っているので、チームのコントロールさえしっかりすれば勝てる。2年目、3年目とレースが進んでいけば、強いチームになると思います。
戦乱期、混乱期のレースは、そういうところが難しいだろうなというふうに考えています。
準備の段階からもいろいろあったり、なかなか難しい状況があるから。今手元にある材料をうまく調理しいくしかないかなと思っています。
中嶋氏:自分たちがコントロールできないところで、いろいろな壁が次から次に出てくるっていう状況ではあるとは思うので。
国際的なレースの厳しさは、そのようないろいろの状況が起きていく中に挑戦していくことだと思います。厳しい条件はみなさん同じ中で、お二人はその上で勝ち抜き、世界チャンピオンを獲得された。結果を残せたポイントは、どこにあったのでしょうか?
中嶋氏:僕の経験でいうと、まずはやり続けられたことがあります。ル・マン24時間というレース単体をとってもすごく山谷(やまたに)がある。自分のWECの10年間を見ても非常に山谷があって。谷の時期が何回かある中で、苦しい時期を乗り越えることって、結局やり続けて失敗から学び、改めてチャレンジを続けていくことしかないと思う。
谷から山に登っていけるだけのチャレンジをやり続けられたことが大きいとは思います。あとはやっぱり、その時々で失敗なり、いろいろ経験を積んでいく。特に失敗を、同じことは二度繰り返さない。
もちろん繰り返しちゃうときもあるのですが、極力それを減らしていくこと。自分自身もそうだし、チームとしてもそれを続けていくことで、やっとたどり着けたのかなと思います。
室屋選手:自分の場合は、心技体というけど、それがそろわないと(結果を残せない)と思う。技は当然持っていなければならないのだけど、ある程度いくとみな技術を持っている。あとは体、肉体もそうだし、まわりの環境もそうだろうか。
それらがそろった上で、最後のチャンピオン争いができる。そうなってきたときに、やっぱりメンタルが勝敗を分ける。圧倒的に分けるというのは実感としてある。一杯負けてきたところがあって、それらが整ったら勝てるイメージ。
一貴さんが言われたとおり、長く続けていくというのは非常に難しくて。だから楽しいんだけど、ヘラヘラ笑っているかっていうと汗水垂らしてもう嫌だっていうかみたいなところが一杯ある。一杯あるけど、多分それらも含めて楽しいむって。
一般の人とちょっと捉え方が違うと思うのでが、我々の結構ハードな。ハードコアな楽しみですね。
いろいろとレース活動人生を考えると、ゲームをやっている子供みたいなもので、一所懸命やってステージをクリアして、またずっとやって、寝なさいって言われてもやってと。あれを俺は今もやっているよねってよく思うのです。
ゲームをやって負けたらくやしくて、「もう1回」と言ってクリアして、そしたら次の強いのが出てきて、今も飛んでいる。まだ、そういう感じで未だに飛んでいられるというのはわるくないですね。
中嶋氏:そういう気持ちでやられているのが室屋さんの魅力だなと、今お話を聞いていて思いました。大変なときも状況も含めてまだ楽じゃないですよね。
現在は中嶋さんもTOYOTA GAZOO Racing Europeの副会長としての立場となり、WECをはじめWRC(世界ラリー選手権)の現場も見られています。世界的なドライバーからマネジメントの立場になったのですが、その中で心がけているところとか、気づきとかありますか?
中嶋氏:正直まだまだ勉強している段階で、自分が何かしているっていうことが言える状況ではまだまだないのですが、室屋さんからお話があったような、チームとしてどこに向かって何を目的にやっているかっていうところはすごく大事だと思います。
ある意味、クルマのレース、エアレースもそうだと思うのですが、レースに勝つという目標がシンプルであるので、チームが同じ方向を向くのは作りやすい環境だとは思いつつ、ただ僕らの活動、TOYOTA GAZOO Racingとしてはレースに勝てばいいかというと、そういうわけでもない部分もやはりあって。
レースを戦うことで「もっといいクルマを作っていこう」っていうところが根底にあります。その意識をもっともっと進めていかなければと思っています。
レースを勝つためだけにやっているのではなく、勝つことが目標ではあるのですが、目的は勝つことだけではなくそれ以上に大きなこともあるということを改めてチームとして共有していきたいなって思います。
室屋選手:モータースポーツの持つ価値がクルマだけじゃなくて、世の中にも伝わっていくということですね。
中嶋氏:そうですね。勝つためだけじゃなく、レーシングカーだけでなく市販車にもっともっと僕らがやってること、技術的なところもそうだし、人の考え方もそうだし、もっともっと市販車の開発にも活かしていかなければいけない。その市販車をお客さまに買っていただいて、乗っていただいて、よりよろこんでいただけるというサイクルをもっともっと増やしていくというのが、モータースポーツをやっている目的でもあると思います。
WRCなどではGRヤリスとしてそういった活動をずっと続けていますし、WECのほうでも、直接市販車という部分では見えづらい部分もあるのですが、とはいえ技術的なところであるとか人の知見であるとか、もっともっと活かせるところはあると考えています。レースの結果だけではなく、そういったところも意識しなければと。
ただ、やはり自動車レースはレースなので、ファンの人に見て楽しんでもらうという部分もすごく大事な要素だと思うので、そういうところも改めてどのような見せ方ができるかを考えていかなければと思っています。
世界有数のアスリートとしてのお二人、そしてチームマネジメントも行なうお二人に話をうかがってきました。TOYOTA GAZOO Racing、そしてLEXUS PATHFINDER AIR RACINGの活動には、モリゾウさんも期待しているとの話も聞きました。最後にモリゾウさんとのエピソードなどありましたら教えてください。
中嶋氏:僕の中で一番印象に残っているというか、一番のエピソードと言えるのは、2017年のル・マン24時間レースにモリゾウさんに来ていただいたときに、結果から言うと非常に残念ながらふがいないレースになってしまった。僕らの8号車は結構早い段階でちょっとトラブルが起きてしまって優勝争いから脱落してしまう。当時3台、その年は3台体制で挑んだのですが、僕らにトラブルが起きてから割と立て続けに7号車と9号車もトラブルやアクシデントがあり、最終的には僕らの8号車が総合8位に入り、優勝はポルシェという結果になった。
総合順位は8位なんですが、LMP1という一番上のクラスでは2位だった。総合でないけど、クラス表彰で僕らは2位の表彰台に上がったときに、モリゾウさんに来ていただいた。そのときに、「もしよろしければモリゾウさんも一緒に表彰台に来ていただけませんか?」というお話をした。
正直2位の表彰台でもあるし、総合ではなくクラス2位の表彰台だった。若干いいのかなと思いつつも一緒に上がっていただいて。その後、1位と2位って70cm表彰台が違うらしいんですよね。
表彰式が終わった後に、モリゾウさんから「70cm上に立てるようにがんばっていこう」と言っていただいて、表彰台に上ったときに「また上りたい」と言っていただいたことがすごく印象に残っています。
その後、2018年から2023年まで5回、チームとしては70cm高い表彰台に立ててはいるんですけど、モリゾウさんにはなかなかタイミングが合わず来ていただけてなかった。モリゾウさんにはその景色をまだ見ていただけてないので、やはりそれをいつか実現したいなと思っています。
室屋選手:モリゾウさんは経営者でもあるにかかわらず、ドライバーファーストという視点があったり、我々パイロットを含めトヨタのアスリートに寄り添ってもらっている。すごいうれしいなと思っていて。
アスリートはみな本当にがんばっているわけですけど、そこから生み出されるものが結構一杯ある。だからこそ、イノベーションとか見たこともないような世界が見えてくると、アスリート視点では思っている。
それをすごくトップの人が理解してくれているのは、すごいうれしいし安心感がある。
特にモータースポーツに情熱をかけていらっしゃって、今は富士スピードウェイのまわりのフォレストの開発も進んでいたりして。そういう全体の動きが、モータースポーツに携わってきたものとして、「なんかうれしいな」と。
中嶋氏:そうですね、それを先頭に立って引っ張っていただいている。先ほどのレースをやっている意義というのもそうですが、まさにそれがモリゾウさんの目指しているところだし、僕ら自身もレースをやっている一員としては、それを体現していきたいと思っています。
室屋選手:モータースポーツの持つ価値というものをもっともっと深く考えて生み出して、モータースポーツだけでなく、エアレースだけでなく、何か社会をもっと生み出していくアイディアを考えなければいけないと思います。そういうすごくいい刺激をモリゾウさんからはいただいています。
2023年シーズン、中嶋一貴氏はTOYOTA GAZOO Racing Europeの副会長として100周年を迎えるル・マン24時間レースの6連覇に挑んでいくことになる。
一方、室屋義秀選手は再開されないエアレースを待つのではなく、エアレースパイロット仲間と新たなシリーズ「エアレースX」を立ち上げる。この新シリーズは3月に発表され、第1戦の福島デジタルラウンドは10月15日開催を予定している。アスリートだけでなく、LEXUS PATHFINDER AIR RACINGのチームリーダーとして、さらにはエアレースXの発起人のひとりとして、エアレースの再開に取り組んでいく。
聞き手:谷川 潔
Photo:安田 剛/Taro Imahara/TOYOTA GAZOO Racing/PATHFINDER