Column
ースペシャル対談ー
アスリートとして、国際ビジネスマンとして
空のチャンピオン室屋義秀選手と陸のチャンピオン中嶋一貴TGR-E副会長が語る(前編)
室屋義秀選手は日本人初のエアレース世界チャンピオン。世界最高の飛行技術を競う「レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ」において2017年度のチャンピオンに輝き、その後も上位争いを繰り広げてきた。
その室屋選手の活動のベースとなるのが、福島県にある飛行場「ふくしまスカイパーク」である。過日、ル・マン24時間レースを3連覇し、WEC(世界耐久選手権)の年間タイトルも獲得。現在は、TOYOTA GAZOO Racing Europeの副会長として国際的な活躍をしている中嶋一貴氏が訪れ、室屋選手と対談する機会があった。
二人とも世界を相手にした戦いでワールドチャンピオンに輝き、さらにチームの運営など国際的なマネジメントも行なってきた。国際的なアスリートとして、世界へ向けて活躍するビジネスマンとしてのお話を、室屋選手、中嶋氏にうかがった。
なお、中嶋氏はこの対談の直前に室屋選手のアクロバットフライトに同乗。体に高いG(重力加速度)が加わるフライト直後にもかかわらず、普段と変わらない感じで対談を行なっていただいた。
世界的なアスリートとしての室屋選手と中嶋一貴氏
中嶋一貴さんは、福島に来られて室屋選手と会うのは初めてなのですか? また、先ほど室屋選手と同乗フライトを行なっていましたが、感想はどうですか?
室屋選手:今回、貴重な時間を割いてもらって福島まで来てもらってありがとうございます。ここに来てもらって、飛行機を見てもらって、飛んでもらうとかで実際分かることがあると思いますので、非常にうれしかったです。
中嶋氏:僕は今までSUPER GTの現場において近くで見させていただくことがあって、エアレースの活躍も見させていただいていました。ただ、自分が乗せていただくチャンスがあると思っていなかったので、本当にこの機会はうれしかったです。乗る前も緊張しましたけど、今はもっと緊張しています。でも、楽しかったです。
室屋選手:今日はよい空模様でした。
中嶋氏:そうですね。すごく景色もよかったと思います。
室屋選手:(中嶋氏が)来る直前までは、ちょっと曇っていたのですが。
中嶋氏:僕自身、ちょっと雨男疑惑があって……。
中嶋一貴さんは、アクロバット飛行の同乗などは初めてなのですか?
中嶋氏:旅客機はそれこそ移動などでたくさん乗っていますが、小型飛行機でのアクロバット飛行は初めて乗せていただきました。離陸した瞬間からふわっとする動きがあったりして、自分自身が慣れないところがすごくあったんですけれども。乗っている間はもう何か「ワーッ」としか言っていなかったです。衝撃的な経験でした。
Gのかかり方も自分が思っている以上に、とはいえまだ5Gとかおっしゃってましたけど、これで5G、普段(エアレース)は倍ぐらいかかるというのはとてつもないと思っています。
乗っているだけなのに僕は汗だくになったので、これを操縦するほうはアスリートとしてもすごいと感銘を受けました。
室屋選手:面白かったのは、Gがかかっている分には結構大丈夫という感じなのですが、Gがちょっとでも抜けた瞬間を見ると、あっという感じでクルマではやばい瞬間ですよね。
中嶋氏:そうですね、クルマって基本的には常に地面に着いていてGがあることが当たり前。そんな状況なので、Gが抜ける瞬間はおっしゃるとおり結構やばい状況です。多分、体がちょっと拒否反応するみたいなものがあるのだと思います。最初はちょっとシートベルトをチェックしました。無重力のあの瞬間は面白かったです。
飛行機はすごく繊細ですね。あれだけ繊細な飛行機をダイナミックにこれだけ動かすのは体力も必要だと思います。
室屋選手:結構速いです。ロールレートが毎秒420度以上いくので。
中嶋氏:ゴッドハンドだから回れるのですか?
室屋選手:1回転回ったときにプラスマイナス10度以内に入っていないとペナルティになるので。
今回の同乗フライトについて先ほどフライトブリーフィングを聞いていたのですが、最初は観光フライト、次にアクロバットフライト、最後にエアレース形式のレーシングフライトとのことですが、実際に経験されてどうでしたか?
中嶋氏:観光フライトはこんなぜいたくな経験はないなと思いながら景色を楽しみつつ、気持ちはその先に行って常にどきどきしていました。ただ、何が起こったのか思い出せないくらいいろいろなことが起こっていたなと。起こっていることに頭がなかなかついていかなったような気はしました。
室屋選手:テンポよく飛んだほうがいいですね。ゆったりだとあんまり体が。パンパンパンとやったほうがいい。
中嶋氏:本当に次から次にいろいろな動きがあって。自分の中でも垂直に上がっていく動きが想像以上の体験でした。Gのかかり方もそうですし、上がっていくのは大丈夫かなと思ったのですが、結構本当に怖いです。
その先を想像しているから、最後終わって落ちるときには。下向きで飛んでいるときも安心感を持っているので大丈夫なんですけど、冷静に考えるとすごい景色を見るなと思いました。本当に景色がもう360度なのですが、どこを見てもいいかも含めて、すごく視野を広く持たないといけないと思います。
フライト終えた中嶋一貴さんを見ても、とても元気なように見えましたが。
中嶋氏:体は元気ですが、胃袋はあまり元気じゃないかも。もうちょっと飛んでいたらそろそろかなっていう感じで。
室屋選手から見て、フライト中の中嶋さんはどうでしたか?
室屋選手:いやもう全然。大体飛んでいる間に雰囲気は分かるのですが、大丈夫だと思いました。フィジカルにフィットしているのもあるし、当然Gに慣れている人なので感覚をつかむのも早い感じでした。
1つ心配したのはドライバーの人は旋回をすると、ずっと先を見るクセがあるのです。そのずっと先を見ているときにGがかかると、結構ぐっと首に来るので、ちょっと心配しながら飛んでいました。でも、その辺りはさすがだなという部分はありました。
中嶋氏:確かに、先を見るクセはあります。飛行機は先を見ないほうがいいのですか?
室屋選手:本当は見るのですが、僕らのようにレースになるとちょっとGが多すぎて首を支え切れなくなります。首を筋力で支え切れないので、目線だけでこうクッと。真横を向いていると結構痛めるのです。何回もやっているのですが(笑)。
レーシングマシンのドライブも、レーシングフライトもGとの戦いなのですか?
中嶋氏:行く方向を見るというのは一緒ですね。
室屋選手:レクサスの匠のドライバーの方とご一緒することもあるのですが、目の動かし方は同じでした。
室屋選手、中嶋氏とも長年ヨーロッパなどを転戦しつつ世界で戦ってきて、その中で世界チャンピオンを獲得もされたアスリートなのですが、戦っていく上で大変だったことはありますか?
中嶋氏:室屋選手のほうが大変そうなので、僕から話したほうがいいかな。
僕自身は、そうですねある程度環境を作っていただいている中で、育成ドライバーっていう形でヨーロッパに行ったので。住む場所も違えば、言葉も英語も完璧に話せる状態ではありませんでした。英語も勉強しながら、住むところを探すところから自分でやらなければいけない。チームとのコミュニケーションを含めてゼロからっていうのは大変ではありました。とはいえ、環境がある程度、走るチームは決まっていた状態で行けた部分はあります。
そういう意味では、室屋さんとは違う状況なのかなと思うので。室屋さんの挑戦した環境を聞きたいと思います。
室屋選手:そうね、最初はアメリカで勉強しました。それから選手権とかヨーロッパへ行きました。多様な人たちがいて。カルチャーショックだったのは、みんな天気の心配をしないのだなということとか、みんな大丈夫だよとか、将来の心配とかを誰もしないのだなということでしょうか。
というか、日本人は何かすごく将来設計をしてというのが普通じゃないですか。
それまで外国人と接したことはなかったし、よく分からず外国に行っちゃったので、この人たちはすげえなと思いました。自分たちのやりたいことをやっているじゃんとか。
心配じゃないかと思うようなことでも、自分でこうしたいと思ったら現実になるのだよみたいな話があった。実際いろいろ体験してくる中で段々分かってきたのは、彼らは(思いを)現実にするためにルールを変更してくる。
ルールの委員会みたいなのをすぐに立ち上げて、いろいろなワーキンググループを作る。未来を現実にしようとして活動することがすごく得意。そこが日本人とすごく違うなと。それは結構カルチャーショックでしたよね。
だから、そこに合わせるなんかで、何をどうしていいのかよく分からなくて、そこに最初は戸惑った。当然、最初は英語がしゃべれない、何を言っているのか分からない。なんとなくしゃべりは分かってきても、内容は分からない。いろいろな観点が違う。
中嶋氏:ルール作りとかそういう辺りは、多分クルマもまったく同じです。日本人的な見方で言うと、他のスポーツでもそうですけど、日本人が活躍して強くなってくると、ルールが変更されると言いがちです。でも、ヨーロッパの人たちは、ヨーロッパのレースであれば自分たちがやりたいように変えていく。
日本人にはない文化ってすごくありますけど、それはそれで僕らも学ぶというか、ある意味見つけて対応していかなければいけない。逆に僕らもルールを作る側にならなければいけないと思います。
そうやって作られていったルールの中で戦っていくわけですが、海外の選手の闘争心の強さとかはとても感じる部分があります。闘争心の強い海外の選手と戦う上で努力したポイントとかはありますか?
中嶋氏:そうですね、闘争心が強いというのはレースの世界では感じます。もちろん日本人にもあるのですが、日本の中だと毎戦顔を合わせるような部分もあるので、多少は気を遣うこともあります。
そういう意味では海外がベースのドライバーの方が強いなとは思いますし、ある意味自分の利益になるように動くし、巻き込んでいこうとする。ドライバーとして結果を出すという意味では、すごく大事なことだと思います。レースで活躍している人はみんなそういうところがあって、特に海外の選手には思います。
ヨーロッパに行ったときは、最初は走行感覚の違いでカルチャーショックとか、やはり当たりが強いという感覚はありましたけれど。しかし、その中で自分の結果を出していこうとすると、自分の感覚も合わせていかないといけないです。いかに対応するか……、対応すると思ってやっていたわけではないですが、その中で何をするかということでしょう。
室屋選手はどうですか? 海外で結果を残していくポイントは?
室屋選手:そうですね、やはり日本はみんなで力を合わせてというがすごいと思うので、そういう世界で生きてきた。
超個人社会のヨーロッパを見ると、勝つために必要なものであると思います。勝つためには同調しても勝てないです。自分がみんなとなかよくやっても、2位とか、3位、5位とか勝てないです。1位を超えていかなければいけない。
そうすると、どうしても飛び抜ける必要がある。
あるところからはもう徹底的にわがままに、自分がしたいようにやろうと思った。大人のふりをしつつ、まったく同調しないという生活を始めてから、我慢しなくなった。勝負の場面でも自分を出し切るようになり、結果がよくなくても出し切っているので「まあ、しょうがないか」となる。
そういうふうに自分がすっきりしていったときに、やはりピンポイントで勝ち抜けるものがある。絶対みんなが知らない、そういうのが見えてきたときに、その糸みたいなものをつかんで勝ったりする瞬間がある。それが見えやすくなったのがキーポイントです。
中嶋氏:ある意味海外で戦っていると、日本いるときのようなまわりを見ながらみたいなことをふっきりやすい環境ではあります。みんな個人の思想で、それが当たり前です。そういうふうになると多分結果も出やすい。そういう意味では楽でもあります。
室屋選手:あるときから僕はライバルを、ライバルと思わないようにしていました。
中嶋氏:やはりメンタリティの持ち方って大事ですよね。耐久レースだと協調性も大事なところでもあるので。
耐久レースの面白いところは、ドライバーもチームの中に3人いて。僕らの場合は2台(7号車と8号車)あるので、やはり6人いると国籍の違いか、それぞれキャラクターが違う。
我が強いドライバーもいればそうでないドライバーもいる。僕は耐久レースをやっているときはバランスを取るので、そういう自由な人たちと堂々とやりながら。まあでもいろんな人がいるので面白い部分でもあります。
室屋選手:我が強いドライバーが集まってしまうと、どこかが壊れてしまいそうですね。
中嶋氏:チームのバランス取りでなかなか大変な苦労をするときもあります。ドライバーのキャラでしたね。でもそういうことがあるからこその工夫です。
室屋選手は2017年に日本人として初めてエアレースの世界チャンピオンになりました。一方、中嶋さんは2018年からル・マン24時間レースを3連覇するとともに、WEC(世界耐久選手権)を連覇しています。二人とも世界チャンピオンを獲得されたのですが、お互いにはどう見ていましたか?
中嶋氏:室屋さんがチャンピオンを獲ったときには……本当にとてつもないことだなと思いました。やはり飛行機の世界で日本の方が活躍するというイメージをなかなか持っていなかったし、やはりエアレースを苦労されてきたように思います。
エアレースは、元々戦闘機のパイロット上がりとか。そういった人たちの中で活躍することは、やっぱりすごいこと。その中で結果を出されて、最後はチャンピオンを獲得されて。ただただ、すごいなと思いました。
技術的な細かいところまで分からないのですが、本当に結果というもののすごさを個人的には感じていました。エアレースの世界で世界チャンピオンを獲ることは、本当にすごいことだと思っています。
室屋選手:僕はF1なども好きでモータースポーツは普通に見るのですが、ル・マン24時間を初優勝する2年前の「I have a no power」でしたっけ、あれはすごい衝撃でした。
そこからの3連覇、本当にドラマだなと思って。2連覇のときも3連覇のときもいろいろあって、こうなるかと思って。
あの止まったときがなかったら、これほどル・マンが盛り上がらないし、長いスパンで見ると勝ちを引き寄せる、いろいろな流れを整理整頓していけるのだなと見ていました。
僕などもレースをやっていて流れみたいなものがあって、どうやってそれを引き寄せるのかなということはあるじゃないですか。そういう視点でレースを見てしまうことがあるのですが、そこがすごいなと思いました。
中嶋氏:そうですね、2016年は僕自身もさすがにもう大丈夫かなと思って、思ってしまったからああいうことが起こるのかなと。チームもさすがにもう大丈夫だろうとみんな思っていたら、ああいうことが(トラブルが)起きてしまったので。
そういう意味では2018年、初めて勝ったときというのは、本当に最後の最後まで、チェッカーフラッグを受けるまで何が起こるか分からない。ある意味緊張感を持って戦えました。
そういう経験があってこそなのかなと。おっしゃるとおり2回目、3回目があった。特に2回目のときはチームメイトの7号車がリードしていて7号車が勝つのだろうなというレースだったのですが、パンクがあったり。パンクだけでなくいろいろあったりして、僕らが最後勝って。その勝ち方自体は非常に複雑なものがあったりはしましたけど。
ル・マンは最後本当に何が起こるか分からない。最終的には何か勝ちを獲りに行く気持ちじゃなくなってくる。自分から取りに行くというよりは、やることやって、あとはもう運よくこっちに転がってくるときは転がってくるし。みたいな心持ちになっていましたね。
室屋選手:よくヨーロッパの選手は言いますよね。ベストでやっていたら結果はついてくるっていう。
中嶋氏:まさにル・マンは、それを本当にみんなよく言っています。僕も2012年から参戦していましたけど、始めたころから経験があるドライバーにそう言われて。やればやるほどそれを感じてくるなっていうのは本当に思いました。
3連覇したっていうのはまさにそうですね。続けてきたからこそ最後にこっちに向かってきてくれた部分もあると思います。それまでは何か、何か足りないからこそほかに行っちゃったのかなっていう部分があって。
自分にコントロールできる部分とそうではない部分があるので。最終的には自分にコントロールできることをとことんやりましょう、という心持ちにある意味なったころからうまく回りだした。
室屋選手:ル・マンは24時間レースでしょ。眠くはなったりしないの?
中嶋氏:レースは土曜日の夕方にスタートして、一晩を超えて再度夕方になるのですが、やはりずっと淡々と同じことを繰り返すので、なんとなく無意識にやっている瞬間はあります。無意識に乗れているときって、速く走れるときでもあるのですけど。
考えれば考えるほど多分余計な雑念が入るというか。本当にそういうゾーンではないですが、無意識になっているのが一番速く走れるときでもあります。ただ無意識になっているときは、何か起きると失敗につながりやすい瞬間でもあります。ル・マンはそこのコントロールが難しい。
特に段々時間が長くなってくると、いい無意識の部分もあればわるい無意識もある。たまにふっと我に帰る瞬間があるのだろうなと思います。
それが耐久レースの難しさだと思います。
逆にエアレースだと短い時間というか、ちょっとした瞬間にすべてをつぎ込まないといけないのではないですか?
室屋選手:(モータースポーツの)予選みたいなとこですね。本戦を見るより、予選を見るのが好きです。
ル・マンの話だと、中嶋さんが夜の走行におけるコクピットの中で淡々と高速ドライブによる周回を重ねているのがとても印象的でした。一方、室屋選手ではコクピットの中で1/1000秒を争うギリギリの操作を行なっている映像など、仕事場でもある孤独なコクピットでどのようなことを考えられているのでしょうか?
中嶋氏:本当に短い間ですが考えてはいます。
室屋選手:まあ、反応しているのに近い部分はあります。ある意味みなさんにとってのオフィスと同じというか。働きやすいように設定し、シートも専用に作られた快適なもので。そこで真面目に仕事していますよという感じです。
だから意外と長時間いても平気。ちょっと落ち着く感じだし。アドレナリンが出るのか何かパワーが出るっていうか。鼻水が出ていても止まるというか。
中嶋氏:分かります、分かります。僕、花粉症なので。特に春先に日本にいるといろいろ大変です。座るというより、走り出すとですね。多分アドレナリンが出るからアレルギー症状が止まるんですよね。走っている間は大丈夫なのですけど、ピット戻ってきてクルマのことをコメントしだすと鼻水が出たりとか、すごく分かりやすい部分があります。
室屋選手:不思議な快適空間ではあります。
孤独感とかはないのですか?
中嶋氏:慣れているかもしれないのですが、孤独感はそんなに感じないです。レースの場合は飛行機もそうでしょうけど、常にある程度無線でエンジニアとやりとりはしているので。でも、ル・マンなんかだと何事も起こらないとずっと静かなときがあるのです。
あんまり静かだと無線が壊れてないかな?と、たまに「聞こえている?」「もしもし」みたいなことをするのです。でも、孤独なのがある意味当たり前というか、一人が心地よい部分があると思います。僕自身もコクピットの中が、ある意味居心地がよいです。
ただ耐久レースだと一人ではないので、全部を自分に合わせると意外と難しいです。たとえばスイッチの配置など「どうしたい?」って聞かれたら、6人が6人とも違うことを答えます。ただ、ある程度決まってしまえば自分が慣れていく部分があるので、もちろん要望は出しつつ、耐久レースはある程度合わせる部分が必要かなと思います。
ただ、ドライバーだと乗る姿勢だとか、とくル・マンだと1回の走行が約3時間と長いので合わせられるところは合わせます。とはいえ、クルマのデザインは決まっていますので、動かせないところがあります。
室屋選手:シートですが、今回は改良をしています。レクサスのシート作りの専門家に手伝っていただいて、背当てを作ってもらっています。飛んでいて、とんでもないGがかかると、背骨がきしんできます。背骨がしっかりシートに入っていないと、腰に来たりします。なので、しっかり入っている必要があります。
では、それをどうサポートするのか?という部分で、人間工学的にいろいろと教えてもらっていました。たとえば、お尻の部分をどう支えてあげるのかという部分がすごく重要とか。いろいろな議論があり、いろいろシートを調整しています。
筋肉の反応を見る筋電計、計測器を付けて何回か飛んでシートを付け替えたりしました。すると結構反応が違うのです。それが結構面白くて。
足も、足はバンッっていう踏み込みをするのですが、瞬間的な動きに対する反応を見たりとか。そういうのをずっと研究していって、シートを作りました。それで、1/100秒とか変わってくるのです。
普段飛んでいるときは変わりないのですが、レースになるとそれによって1mとか2mとか違ってくる。どうしても考えたらその分遅れてします、(よいシートだと)ぱっと操作できて結構結果が違う。
中嶋氏:シートの話はすごく面白く思います。すごい科学的にアプローチされているので、レースの世界でもそのまんま活かせそうな気がしていて、どこまで細かくできるかすごく興味がわきます。
やはり座り方とか、力のかかり方とか反応が変わるのであれば、理想的な形があるのだという気もします。僕らはドライバーの好みの座りやすさで、しかも発泡剤でやるので、なかなかうまくいったりいかなかったりします。うまくいかないと何回も何回も作り直している場合もありますし。科学的なアプローチは新鮮です。
室屋選手:旋回するときは、手が動いてからGがかかるまでずれる。このずれに人間は対応できないので、その分の遅れでリミット(エアレース時の耐G制限)を超えてしまう。なので、マージンを残して攻めすぎずというところに下げれば制限を超えない状況を作れる。もうちょっといけないのかと。この部分で勝負しすぎると制限を超えて負けちゃうし、ここを(ずれを)詰められると結構結果が違う。
その解決にいろいろ試した。人間の感覚は何の反応が早いのとか。調べたところ嗅覚が早い。ではGがかかった瞬間にカレーのにおいを出せばいいのかというと、そんなものは出せないとエンジニアは言う。では、電気ショックがいいのかというと、それも無理だと言う。
結果的には目で見たものとか、体の保持であるとか、体とシートのガタというかずれを取っていってあげたら、結構G制限を超えずに飛べるようになった。このシートでレースをするのが楽しみです。
中嶋氏:何かその話は自分の分野にも活かせそうな気がしちゃいます。クルマにかけるお金を考えたら、人間の反応速度を上げることができるなら。
後編に続く
2023年シーズン、中嶋一貴氏はTOYOTA GAZOO Racing Europeの副会長として100周年を迎えるル・マン24時間レースの6連覇に挑んでいくことになる。
一方、室屋義秀選手は再開されないエアレースを待つのではなく、エアレースパイロット仲間と新たなシリーズ「エアレースX」を立ち上げる。この新シリーズは3月に発表され、第1戦の福島デジタルラウンドは10月15日開催を予定している。アスリートだけでなく、LEXUS PATHFINDER AIR RACINGのチームリーダーとして、さらにはエアレースXの発起人のひとりとして、エアレースの再開に取り組んでいく。
聞き手:谷川 潔
Photo:安田 剛/Taro Imahara/TOYOTA GAZOO Racing/PATHFINDER