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室屋義秀ロングインタビュー(前編)

LEXUS PATHFINDER AIR RACING 結成1年
自動車技術とエアレースの融合、新たな挑戦

「協力してもらえませんか」からのスタート

2021年にLEXUSとのパートナーシップ契約を結び、LEXUS PATHFINDER AIR RACINGを結成してから1年が経ちました。この1年間の活動を伺いたいと思いますが、まずLEXUSと室屋さんが協力することになった経緯から聞かせてください。

パートナーシップという形になる前の2016年から、LEXUSにはパーソナルスポンサーとして協力していただき、国内でのエアショーやトークショーなどを行っていたのですが、実はこの頃からすでに技術的な協力も始まっていました。

 

きっかけは、パーソナルスポンサー契約を結んだ2016年に、表参道のINTERSECT BY LEXUSで開催されたLC500のお披露目パーティーでした。車を見ていたら説明をしてくれた人がいて。すごく詳しい人だなと思ったら、チーフエンジニアの佐藤恒治さん(現・LEXUS INTERNATIONAL President)だったんです。そこから技術的な話で盛り上がって個人的に仲良くなり、すぐに「協力してもらえませんか」という話になりました。

 

最初は非公式な技術交流会のような形でトヨタ本社へ招いていただき、どんなことに困っているかという話から始めました。最初の参加者は3人ぐらいで。以前から2017年に総合優勝という目標を立てて、2016年には千葉戦で初優勝したのですが、もう一歩何か必殺技のようなものがないと安定して勝つことはできない。その最後のキーを探しているときだったんです。

 

だんだん仲間が増えて、レッドブル・エアレースの最後のシーズンになった2019年には60人ぐらいに増えていました。9月にレースが終了しても、水面下では新レース復活へ向けた動きはあったので、研究開発は続けようということで、活動は続いていきました。

そういった活動から、正式なパートナーシップへ進んでいくのですね。それまでの活動とはどう変わったのでしょうか。

2021年に新しいエアレースの開催が発表され、2022年3月に最初の大会がスタートすることが決まりました。そこで佐藤さんに、技術交流会からさらに打って出てみたい。本当に常に勝ち続けるチーム作りをして社会にも還元できる活動ができないかと相談をして、10月にLEXUS PATHFINDER AIR RACINGとして一緒に世界に打って出ることになりました。

 

大きく変わったのは、LEXUS側でものづくりをしてもらえるようになったことです。自動車開発に用いている最新の技術があり、試作品を製造する設備も圧倒的ですから、我々が手作りしていた頃とは開発スピードが全然違う。複数の試作品をテストして比較することもできるようになりました。

 

ただ、自動車と飛行機の違いもあります。自動車は高い安全基準で製造されていますが、飛行機にも独特の難しい基準がありますから、そこはお互いにフィードバックしながらやっています。

操縦精度の鍵を握っていた操縦桿

技術交流会がスタートした2016年は、まず困っていることの相談から始めたというお話でしたが、どんなことから始めたのですか。

最初に話したのは、最近話題の運転支援システム、パイロット支援システムのようなものが欲しいよねと。

コンピューターで操縦を補助してくれるような機能ですか?

それはエアレースのルールで禁止されています。コンピューターが操縦したら、パイロットは乗っているだけになっちゃいますからね。操縦のしやすさ全体を見直してもらいました。

 

まず、LEXUSの「匠」の尾崎修一さんに、操縦桿を見てもらいました。Edge540の操縦桿は、ただの棒切れに自転車のグリップのようなラバーが付いているだけの、簡単なものです。LEXUSの人から見れば「こんなので飛んでるの?」と(笑)。

 

そこでLEXUSのハンドルについて教えてもらいました。場所によって太さや大きさ、革の縫い目などが微妙に違っていて、どのあたりを握っているか、手の感覚で認識できるようになっている。いろんなことが研究されているんですね。

 

ハンドルだけではありません。ものには固有振動数があって、素材や構造によって振動数が変わる。柔らかすぎると操作した時に力が逃げちゃうのでダイレクトに伝わらないし、硬すぎても人間の操作が細かく伝わりすぎてしまう。LEXUSではこういうことがよく研究されていて、一個一個の部品の振動数を把握し、最終的に組み立てたときに性能を発揮するように設計されています。LEXUSは本当によく調整されていて、快適な運転感覚を実現しているんですね。

 

そこでEdge540の操縦桿を計測してみたら、柔らかすぎることがわかりました。少し硬くして振動数を上げようと、炭素繊維を巻いたりして調整してみたら、すごく操縦しやすくなりました。

 

同じ速度で飛んでいるときに、同じように操縦桿を動かせば、機体は同じように反応するはずですが、実際は結構違いが出ます。11Gで旋回しようとしているのに0.2Gぐらい違ってしまうことがあった。そうか、操縦桿の柔らかさが原因だったのかと。

ギリギリまで攻めて操縦している中で、0.2Gの違いは大きいですね。

僕はオーバーGのペナルティを受けることがよくあったんですけど、おかしいな、どうしてオーバーGになったんだろうと感じることもありました。操縦桿を正確にコントロールして、狙った位置でピッと止めることはできるように練習した。でも、そこで舵面が柔らかく動いてしまって、オーバーGしていたのです。

 

操作を始めてから最大のGが加わるまでの時間は、0.4秒ぐらい。もしオーバーGしそうだとわかっても、修正できる時間は0.02秒ぐらいしかありませんから、さすがに人間の反応速度では間に合わない。一発で正しく操縦できればオーバーGをなくせます。

室屋さんが極めてきた操縦技術と、飛行機の性能を合わせた総合的な精度の中で、飛行機の誤差の部分を大幅に減らせたのですね。

そこがモータースポーツの面白いところですね。人間と機械の融合。自分の操縦技術に関しては結構詰めてきたと思うんですけど、どこかに限界はある。機械的なところも詰めてきたつもりだけど、見えていない部分もあった。飛行機屋はそんなに気にしていなかったけれど車屋さんはすごく気にしてるところだったので、すごく面白い気付きがありました。

わずか数cm 景色と計器を見る視線の動き

レース中には、どのように景色や計器を見て操縦しているのですか。

コックピットの計器は液晶ディスプレイ1個で全て見られるようになっていて、機体の姿勢やエンジンの状態、GPSナビゲーションの地図などを表示しています。スタートの速度は200ノットと決まっているので、その瞬間までは正確にその速度になるように、計器を見て操縦します。

 

レース中にどこを見ているのか、アイ・トラッキング・センサーを使って視線を調べてみたところ、ほとんど正面しか見ていないことがわかりました。物理的に目玉を動かそうとしても追いつかないので、視線は正面から動かさずに、周辺視野を脳内で処理している感じです。頭で考えて反応するのでは全く追いつきません。景色を映像としてとらえて反応します。秒速100mで飛んでいるので、予想していた景色より0.1秒速いと感じたら、10m手前で操縦桿を引く。

 

ただ、VTM(バーティカル・ターニング・マニューバー)ではGの計器を見ます。数字は読めないので、バー表示です。パイロンを通過した瞬間に視線を計器に移すのですが、その数cmの視線移動の余裕がなくて間に合わない。そこでディスプレイの位置を上げました。2019年に安定して勝てたのには、結構これが効いています。

筋肉のポテンシャルを引き出す、座席シート

秒速100mで、わずかな差を知覚して反応するのは、凄い操縦技術ですね。

筋肉の反応速度についてもLEXUSのノウハウがあって、座席の背当てを作ってもらいました。

 

シートづくり30年というプロがLEXUSにはいますし、TOYOTAには野球部もあるので、スポーツや筋肉の専門家もいます。そこで僕の身体に筋電計を付けて、筋肉の反応速度や使用量、操縦桿の動きと、機体の動きを同時に測定しました。そのあとLEXUSで改良したシートバック、背当てを入れてみたら、反応速度が20%ぐらい速くなっていました。しかも筋肉の使用量は概ね20~30%下がっていたんです。速く動けるのに力は要らない状態になったんです。

背当てを変えただけで20%もの違いが出るのですか。

背当てを変えただけなのに、相当楽になったと思いますね。操縦桿は結構重たいんですよ。腕だけで動かすのではなく、腰から上の身体全体をぐっとひねります。ゆっくりスーッと動かすのではなく、一気にバンッと動かす。ペダルも重くて、蹴り込むような感じなんです。レース中はずっと筋トレしてるような感じで、飛び終えると汗だくになります。

 

スタートからゴールまで全力で操縦できるように身体を鍛えていますが、スタート時のパフォーマンスを100%完全に持続することはできません。そこで最後は何%まで下がるのか。こちらが99%で、対戦相手が98%だったらこちらの勝ち、というのがエアレースの世界です。筋肉使用量の20%の違いはとても重要ですね。

良い自動車のシートに座っていると腰の疲れも感じません。そういうことが良く考えられているんですね。

脊椎はS字にカーブしています。エアレースでは一瞬で10G、数百キロの荷重がかかるので、カーブが押し出されて腰痛になる危険がある。僕は腰椎が押し出されないようにしっかり押さえていたのですが、車の専門家から見ると押しすぎじゃないのかな、とか。

 

エアレースというエクストリームな状況下で究極的に追求した結果、重量を受けるとシートがたわんで、自然と骨盤をホールドしていくような構造を取り入れました。

予想外の空力現象を解明、自動車の操縦安定技術に応用

空力のお話も伺いたいと思います。空気抵抗を減らすカウル、主翼端の渦を減らすウィングレットなど、いろいろなパーツの改良をしていますね。

現在のウィングレットが付く前の2016年のあるレースで、予選2回のうち1回で速度が落ちて、1秒も遅くなったレースがあったんですよ。エンジン壊れたかなと思うくらいの違いですが、原因がわからない。そのデータの解析をLEXUSにお願いしました。

 

スーパーコンピューターを使ってシミュレーションをしたところ、主翼端で発生する渦に、今まであまり知られていない動きがあることがわかったんです。今までは、こうすれば速くなるだろうと考えていた操縦で、かえって空気抵抗が増えることがわかりました。詳しいことは他のチームには知られたくないので秘密です。

 

その解析によってわかった空気の流れや渦に関する技術が、LEXUS LC AVIATIONのウィングに活かされました。翼端渦は、飛行機では抵抗になるのでできるだけ小さくするのですが、車のウィングでうまく使うと後ろへ引っ張るような感じになって、挙動が安定するんですよ。

飛行機の尾翼のようですね。

そうそう、まさに尾翼みたいな働き。飛行機はウィングレットで翼端渦を制御して抵抗を減らしますが、LEXUS LC AVIATIONでは、操縦安定性を高めても空気抵抗は増やさないという形状を作り出すことができました。

高速走行で効いてくる感じですか?

いえ、30~40km/hぐらいでもう効いてきます。びっくりしますよ、乗ってみたら。もうこれなしには戻れないというくらいの違いです。

2023年、新しいエアレースへの挑戦

こうしてLEXUS PATHFINDER AIR RACINGチーム全員の努力で素晴らしいレース機が仕上がりつつあるのですが、残念ながら2022年にはエアレースが開催されず、ファンの皆さんの前でその性能を披露する機会がありませんでした。

レースで勝つためにやっていますからね。レースで戦えないことにはチームスタッフみんな、残念に感じています。新型コロナウィルスやウクライナでの戦争、それらによる国際輸送の問題など、いろいろなことが起きて、残念ながら2022年にはレースは開催されませんでした。

 

イギリスの主催団体が開催に向けて動いているようですが、来年の開催予定は未だに不透明です。エアレースで飛びたいという思いは強く、待ち望むファンも多いので、有志で力を合わせてエアレースを主催していくことも考えなければいけないかもしれません。大会コミッショナー兼パイロットというのも面白いですよね。

 

エアレースを自分の手で開催するのは、今までのどのチャレンジよりも桁違いに大きなチャレンジになるでしょう。しかし今までも、夢を口に出して語っていけば、仲間が集まって、無理だと思われることも現実となってきたので、諦めずにチャレンジを続けていきます。

 

Interview & Text by Tsuyoshi Ohnuki